大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2843号 判決 1999年2月18日
控訴人(被告) 株式会社ダイヤモンドリゾート
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 明尾寛
同 臼山正人
被控訴人(原告) X
右訴訟代理人弁護士 永井幸寿
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人から別紙<省略>の会員証券の引渡しを受けるのと引き換えに、五〇〇万円を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 事案の要旨
原判決二頁末行から同三頁六行目までのとおりであるから、これを引用する。
二 当事者間に争いのない事実
原判決三頁八行目から同五頁五行目までのとおりである(但し、原判決四頁九行目の「対し、」の次に「右退会届を確認するとともに」を加入する。)から、これを引用する。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 被控訴人の預託金返還期限は猶予されているか(争点1)。
(控訴人の主張)
(一) 事情変更の法理
ゴルフ場経営会社及びその会員は、今日のような未會有の不況下において多数の預託金返還請求が累積することを予想していなかった。一部会員が預託金返還請求を強行し、ゴルフ場経営会社を破綻させ、その他の多数の会員の預託金返還請求権を紙屑同然にすることは、公平の理念、社会正義に反する。
ゴルフ場経営会社は、今日の危機的な状況を打破し、会員全体の利益を図るための方策を検討することになるが、そのためには時間的余裕が必要である。また、企業の存続を図る社会的な必要性もある。
したがって、被控訴人の預託金返還期限は猶予されているというべきである。
(二) 本件会則に基づく据置期間の延長
被控訴人は、本件ゴルフクラブに入会するに際し、本件会則を承認しているのであるから、本件規定に基づき預託金の据置期間が延長されることを承諾している。
本件規定の「天災地変、その他不可抗力の事態」とは、施設経営事業が不測の莫大な経済的損失を被る場合のほか、今日のように出口の見えない構造的な不況がなお継続し、全会員の約半数の預託金返還請求権が据置期間を経過し、その会員権の市場価格が預託金額を大きく下回る一〇〇万円前後で推移しているような場合も含むというべきである。
そこで、控訴人は、本件ゴルフクラブの理事会の承認により、預託金の据置期間を五年間延長した。ただ、会員に対する何らの代償措置もないことに鑑み、据置期間は、少なくとも、二年間猶予された範囲では有効というべきである。
したがって、被控訴人の預託金返還期限は猶予されている。
(三) 退会承認制度の存在
会員が退会するに際して、理事会及び控訴人の会社取締役会の承認を要するとしているが、これは今日のような未會有の不況下での多数の会員の退会が累積するような事態に備えたものである。
本件では、被控訴人の退会につき右の理事会及び会社取締役会の承認がなされていないから、預託金返還請求権は発生していないし、仮にそうでないとしても預託金返還期限は、右の趣旨から猶予が認められるべきである。
(四) 団体的性格の内在的制約
ゴルフ場経営会社は、一部会員に対する義務履行により、その他の多数の会員に対し義務を履行することができなくなる関係にあり、このように団体的性格を有するものにあっては、他の多数の会員との関係で会員の権利行使が制約されるのは団体的性格に内在するものといえる。したがって、ゴルフ場経営会社は、会員全体の利益を考慮し、会員相互間の権利利益の矛盾衝突を調整するため、本件会則の有無に関わらず、預託金返還請求権の据置期間延長を含む団体的な措置を取る権限を有しているというべきである。
本件においては、会員相互の権利利益を調整するために、預託金返還請求権の据置期間を延長する必要がある。
したがって、被控訴人の預託金返還期限は猶予されている。
(被控訴人の主張)
(一) 本件は、事情変更の原則を適用する場合に該当しない。
控訴人の主張する事情変更の原則の適用される要件は、①著しい事情の変更、②当事者が契約当時、事情変更を予見せずかつ予見することが不可能であったこと、③事情変更が当事者の責めに帰すべき事由によらないこと、④事情変更の結果、当事者を当初の契約内容のとおりに拘束することが著しく信義則に反すること、である。本件において、当事者双方がバブル経済の崩壊自体を予見することができなかったかもしれないが、控訴人は、被控訴人の入会当時、会員に預託金返還請求権があること、その据置期間が一二年後には到来することを知っていたし、さらにゴルフ場開発で預託金のほとんどを使用してしまうことも当然予見可能なことであった。したがって、控訴人は、据置期間経過後に会員から同時に預託金返還請求された場合、返還すべき資金のないことも当初からわかっていたといえるから、右②の要件は満たさない。また、ゴルフ場の経営によって得られる利益は、建設費を一〇〇億円とすれば一億円程度であると言われており、預託金返還の時期を五年間据え置いても、控訴人には預託金返還に応じるだけの財源がないといえる。会員である被控訴人が預託金の返還を求めることは、当初の契約内容のとおりに契約当事者である控訴人を拘束することが著しく信義に反するとまでは言えないので、右④の要件も満たさない。
したがって、事情変更の原則は適用されない。
(二) 本件は、本件規定の「天災地変、その他不可抗力の事態」の要件に該当しない。
控訴人のいう会員権価格の下落は、現在の不況下における一般的な経済現象にすぎず、不可抗力に該当しないことは当然である。また、本件ゴルフクラブの約半数の会員の預託金返還請求権が据置期間を経過したことも不可抗力に該当しないことはいうまでもない。
したがって、本件は、本件規定の右の要件に該当しない。
2 被控訴人が本件ゴルフクラブ入会に際し預託した預託金の返還債務と本件ゴルフクラブ会員の会員証券の返還債務とは同時履行の関係に立つか(争点2)。
(控訴人の主張)
同時履行の関係に立つものである。
会員証券は、控訴人が会員権の譲渡手続を簡易かつ確実にするために各会員に貸与したものであり退会する場合には当然返還すべきものであること、また、会員証券は会員権の帰属を証明する重要な資料であることから、本件会則九条は、会員証券と引き換えに預託金を返還する旨明記している。
会員証券が有価証券でないからといって、当然に当時履行の関係が否定されるものではない。
本件における会員証券は、会員権の流通を前提にしており、流通を前提にしていない民法四八七条の「債権証書」を準用するのは相当ではない。また、民法四八七条が、本件会則九条の合意を排除するほどの強行規定でもない。
(被控訴人の主張)
同時履行の関係に立たないというべきである。
ゴルフ会員権の会員証券(預託証券)は、有価証券ではなく、預託金の返還債務と預託証券である会員証券の返還債務は同時履行の関係にない。また、債権証書の返還は、弁済とは同時履行の関係にない(民法四八七条)から、本件会則九条においても、同時履行の関係まで認める趣旨ではないとするのが合理的である。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 預託金返還期限が猶予されたとする控訴人の法律上の根拠(一)ないし(四)は、要するに、いずれも、被控訴人が本件ゴルフクラブに入会した際には、今日のような未會有の不況になることも、会員権価格が下落することも、多数の預託金返還請求が累積することも予想できなかったことを実質的な理由とするものといえる。そして、前記争いのない事実、証拠(甲六、七)及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、控訴人の被控訴人に対する平成一〇年一月付の「預託金返還期日延期のお願い」において、会員からの預託金をゴルフコースの造成、クラブハウスの建設費用として投下してしまっているほか、ゴルフ会員権市場全体が大きく低迷し、預託金返還請求権者の会員権再販売も順調にいっていないために、近い将来預託金返還請求が殺到すれば控訴人の存続にかかわる危機に陥るおそれがあるとして、理事会の承認のもと被控訴人の預託金返還の据置期間を五年間延長したいのでその旨了承してほしい旨申し入れたこと、そして、その後の被控訴人の再度の預託金返還請求に対し、同年二月九日付通知書をもって、右五年間延長を主張してその返還を拒否したことが認められる。
しかしながら、控訴人が右五年間延長の理由とする事実がそのとおりであるとしても、会員の預託金返還が一二年間据え置かれ、控訴人としては右期間経過後には預託金返還債務を免れることができないことは、控訴人が会員から返還を予定しない出資を募るという方法をとらずに、預託金会員システムを採用した以上当然に予期されていたといえる。したがって、控訴人は、据置期間経過後には会員からの預託金返還請求があることを予期して、そのための資金を用意することが当然に要請されていたというべきであり、据置期間の経過後に預託金の返還請求があった場合にこれを返還し得る見通しもないのにそのような契約を締結したというのであれば、それは、控訴人の責めに帰すべきものといわざるを得ない。控訴人の右主張及び被控訴人に対する右「預託金返還期日延期のお願い」の据置期間延長の理由は、単に、多数の会員からほとんど時期を同じくして預託金返還請求がなされることはないであろうと予測していた控訴人の見通しがはずれ、控訴人においてそのための十分な資金的余裕がないため、預託金返還義務を全部履行することが困難となったにすぎないものである。また、会員権価格の下落も、バブル経済の崩壊がなくとも、社会情勢の変化等によりゴルフ愛好者が減少するなどすれば、会員権の時価が預託金の額面を下回ること、したがって、相当多数の会員から預託金返還をほぼ同時期に請求されるであろうことは予測しうることであり、激しく経済情勢が変動する現代社会において、会員権の時価が常に預託金の額面を上回る事態が続くとすることは楽観的な見通しにすぎないというべきである。
したがって、控訴人の右主張は理由がないというべきである。
2 なお、控訴人は、法律的根拠として、右(一)ないし(四)を主張するので、以下検討する。
(一) まず、(一)の事情変更の法理であるが、前示のところから、本件が事情変更の法理を適用すべき場合に該当しないことは明らかである。したがって、控訴人の主張(一)は理由がない。
(二) 次に、(二)の本件会則に基づく据置期間延長が認められるか、である。
前記争いのない事実によると、本件会則は、これを承認して本件ゴルフクラブに入会した会員と控訴人との間の契約上の権利義務の内容を構成するものということができ、本件会則に定める据置期間を延長することは、会員の契約上の権利を不利益に変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であり、個別的な承諾をしていない会員に対しては据置期間の延長の効力を主張することができないものと解すべきである(最高裁昭和五九年(オ)第四八〇号同六一年九月一一日判決判例タイムズ六二三号七四頁参照)。もっとも、本件規定は、「天災地変、その他不可抗力の事態が生じた場合」には、理事会の承認により据置期間の延長ができるとしているが、前示のとおり、控訴人主張の事実は、バブル経済の崩壊などによる経済情勢の激変による控訴人の経営上の都合であって、右の「天災地変、その他不可抗力の事態が生じた場合」に該当しないことは明らかである。したがって、控訴人の主張(二)は理由がない。
(三) さらに、(三)の退会承認制度の存在から、預託金返還請求の延長が認められるか、である。
たしかに、本件会則九条において、会員が預託金返還請求据置期間経過後に退会する場合には、理事会及び控訴人の会社取締役会の承認を要するとの部分がある(甲三)。しかしながら、右九条の規定部分によると、入会契約は預託金の据置期間経過後は合意による解約のみが認められるのと異ならないことになり、会員の死亡(個人)ないし解散(法人)の場合以外は、預託金の据置期間を定めるまでもなく、理事会及び控訴人の会社取締役会が退会を承認しないことによって、控訴人の必要とする期間は預託金の返還を要しないこととなる。しかるに、本件会則九条は、前記のように、据置期間を一二年間とし、据置期間内は本件ゴルフクラブを退会できない旨定めている(甲三)。
また、前記のように、本件で被控訴人が書面で退会及び預託金の返還を申し入れたのに対し、控訴人は、預託金につき五年間の返還期日の延期を申し入れているが、本訴で主張するまでは、理事会及び会社取締役会において被控訴人の退会を承認していないことを理由として預託金の返還を拒否していない(甲六、七)。
右の各事実によれば、前記九条の退会に理事会及び会社取締役会の承認を要するとの規定部分は、右承認を退会の効力要件とする旨の契約内容となっていたとまでは認められない。
したがって、遅くとも被控訴人が控訴人に対し、平成一〇年二月六日到達の書面で退会の届出確認及び預託金返還を求める意思表示をしたことによって、被控訴人の本件ゴルフクラブ退会の効力が生じたというべきである。
次に、控訴人は、右の承認を要するとした趣旨は、未會有の不況下での多数の会員の退会が累積するような事態に備えたものである旨主張する。しかし、控訴人の右主張は、控訴人の経営上の都合にすぎないことは前示のとおりであるから、右事由をもって預託金返還期限の猶予が認められるものとはいえない。
(四) 最後に、(四)の団体的性格の内在的制約により、預託金返還請求据置期間を延長できるか、である。
控訴人は、ゴルフ場経営会社が一部会員に義務を履行し、その結果その他の多数の会員に義務を履行できなくなる関係にあるのは、団体的性格を有するとする。しかし、右のような関係が、常に団体的性格を有するものでないことは、個人が多数の者と取引を行い、一部の者に対して義務を履行する結果、その他の者に義務を履行できなくなる場合があることを考えれば、明らかであるし、本件のように預託金会員制のゴルフ場の場合は、会員はゴルフ場経営会社に対する債権者たる地位にあるものであって、会員の意思・権利が会社の経営上反映されるわけではないから、控訴人と会員の関係が団体的性格を有するとはいい難い。さらに、控訴人は、ゴルフ場経営会社が会員全体の利益を考慮しその相互間の権利利益の矛盾衝突を調整するために、団体的な措置を取る権限を有している旨主張する。しかし、社団法人組織や株主会員組織のゴルフ場の場合と異なり、本件のような預託金会員制のゴルフ場経営会社に一方的に控訴人主張の権限が付与されるとはいえない。
以上、要するに、控訴人の右主張は、独自の見解であって採用できない。
3 以上から、被控訴人の預託金返還請求据置期間は延長されていないこととなる。
二 争点2について
証拠(甲三)によれば、本件会則九条には、会員が預託金据置期間経過後に本件ゴルフクラブ退会の申出をし、承認を得た場合には、入会預り証券と引き換えに入会金を返還する旨規定していることが認められ、右内容は、控訴人と被控訴人との契約関係の内容をなすに至ったものというべきである。そうすると、会員は、退会に際し、会員証券と引き換えに預託金の返還を請求できることになる。
被控訴人は、会員証券が有価証券でないこと、債権証書に準じることを理由に預託金返還債務と会員証券返還債務とが同時履行にならない旨主張する。しかし、右に認定したように、右両債務が同時履行の関係にあることは本件会則九条により明記され、控訴人と被控訴人との契約関係の内容になっているといえるから、被控訴人主張の右事情をもってしても本件会則九条を排斥し、控訴人と被控訴人との契約関係の内容から排斥する理由を見出すことはできない。
そして、被控訴人において、会員証券の返還を提供した旨の主張立証はない。
そうすると、控訴人は、被控訴人に対する預託金返還債務につき未だ遅滞に陥っていないから、被控訴人の遅延損害金の請求は理由がない。
第四結論
以上によれば、被控訴人の本訴請求は、控訴人が別紙の会員証券の引渡しを受けるのと引き換えに五〇〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。
よって、右と一部結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 正木きよみ 横山光雄)
<以下省略>